自転車操業一筋42年

世の中の「意識高い系」トライアスリートについていけない泳ぎがヘタで意志が弱いサラリーマン、永遠の42歳後厄、が初フルマラソン完走後3年でアイアンマン70.3のフィニッシャーに。フルマラソンサブ4達成後の次の目標はOD3時間切りです。

そんなこと簡単に言わんといてくれ

世の中には二種類の人間しかいない。運動神経のいい人と、そうでない人だ。

 

当方は残念ながら根性というか意地はあるがセンスはないので、後者にあたる。小学生の時は25m何とか泳げる程度で、中学・高校生の時は体育の時間での800m走や1500m走をサボる方法を探すことに血道を上げる、といった具合だった。

 

それでも7年ぐらい前に初めてロードバイクを買い、5年前からランニングを始め、昨年フルマラソン初完走、そしてこの4月にオリンピックディスタンスのトライアスロン初完走することが出来た。運動神経なくてもマラソンもトライアスロンも楽しめるし、実際のところ楽しい。

 

しかし困るのが、世の中のたいていのスポーツ入門書は運動神経のいい人によって書かれている。これは困る。視力2.0の人にはド近眼の人が世の中どう見えているかについて分からないのに、その人が万人に向けて世の中の正しい見方について熱く語るようなものだ。

分かっていない人は自分が分かっていないことを分かっていない、というのは仕事でよくある話だが、ことが運動になると全く逆で、分かっている人は自分が分かっている人であることを分かってない。だから分かっていない人のことが分からない。

 

運動神経の善し悪しはある程度先天的、あるいは幼少時に決定されているように思われる。「高校までは一生懸命運動やっていたけど社会人になってから85kgになりました、そんな私が社会人になってフルマラソン/トライアスロンにデビュー!」とかいうキャッチコピーにつられて「どれどれなんか参考になるかな?」と読んでみても、大体眠っていた才能が何らかのスイッチで目覚めただけのパターンが多く、私のような「残念な人」にはあまり役に立たないケースが多い。

 

マラソンもトライアスロンも、運動神経がなくても黙々と努力すれば何とかなるから、私のような「残念な人」も楽しめるのだ。「残念な人」たちは、そうでない人と違って、自分のカラダの効率的な使い方を「本能的には理解していない」。そのため、自己流で試行錯誤して間違ったフォームで走って体を壊したりする。そんな人をいかに矯正できるかという命題が入門書の類に求められているのだが、何も努力せずとも当然に自分のカラダを効率よく長時間操ることの出来る人が、「残念な人たち」をどの程度理解して本を著しているのかは相当疑問。

 

でも私のようなオサーンになってくると、試行錯誤する時間もあまりない。また試行錯誤しているうちに体を壊してしまったら、体を治すまでの時間が相当かかるし、復元性が落ちているので故障した後運動を再開できないリスクも高い。だから練習量によって体にものを覚えこませるよりも、感覚ではなく理性で運動を理解して、それに沿って練習したいのだ。

 

スイムだったら、上手な人は水の抵抗が少ない姿勢をとって余計な力を入れることなく前へ進んでいく。ランだったら、細かい脚の筋肉を使って走るのではなくて、腹筋、背筋、腸腰筋を使って体全体で前に進む。上手い人が口で言うのは簡単だ。でも25m泳いでゼーゼー言っている人は1500mを息も切らさずに20分ちょっとで泳げてしまう人と自分の違いが何か分からないし、分かったとしても体で再現できない。3km走ってバテてしまう人には、あんなに軽々と42kmもあのスピードで走れる人がどう走っているのか分からない。

 

トップダウンで上から目線の指導書は結構あるのだが、ボトムアップで本当に「残念な」感じの人がステップアップしていく過程を共有できる指導書が少ないのはとても残念だ。